2011年1月8日土曜日

尾島利雄先生/講演原稿から      series③

 今、手元には、一冊のアルバムがあり、その表紙の裏側に2つの講演原稿の一部でしょうか尾島先生の文字で書かれていました。それをご紹介したいと思います。

 『しもつけの男・女』
 「皆さん今日は、」私は間々田の地に住んでおります、「尾島利雄」です。今日は、おまねきがあり参上いたしました。
 さて、私が長い間勉強してきたものは、日本民俗学という学問です。
 この勉強は日本の一般庶民階級が一生懸命勉強した勉強です。
 皆さんたちの中にもこの庶民文化を一生懸命勉強してきた方もおられたのではないかと思います。私も間々田の地に生まれ、自分の地域社会である乙女・間々田地区などについて庶民文化を調査をしたものです。
 又、下野の女(栃木県の女性)として名もなく貧しく美しく生きたなきオフクロに限りない敬愛の念を持つキッスイの栃木県子の筆者が、民俗研究者(一般庶民生活文化について勉強してこられた方々)の残してくれたものを中・高・大としっかり勉強させていただいたものです。
 
 本日は、私の時間のゆるす限りの範囲で「しもつけの男・女」と題して話をすすめてみたいと思います。
 さて、民俗学の第一歩は古老をたずねての聞き書きにはじまる。これができなければ一人前の民俗学者への道はすすめないのである。だから年寄りのところに行くことになんの抵抗感を持たない若者でなければならなかった。若い私が弁当腰に古老をたずねて、その昔の人たちの生活文化誌をたずねまわる姿は、まわりの人々には奇異に感じられたものであろう。「金にならないのにつまらんことを」「年寄りのくりごとを聞いて喜んでいる尾島の倅はすこし頭がおかしいのではないか。」とかげ口もたたかれたものである。
私の社会への第一歩は小学校教師であった。教師になっても土曜の午后と日曜はテクテク歩いて民俗探訪であった。私の教師としての将来を心配する人から、「そんなことばかりしていると教頭にも校長にもなれないぞ」と耳にタコができるくらいいわれたものである。
(原稿は、ここまでですが・・・・)

●画像をクリックすると拡大します。
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講演原稿「しもつけの男・女」(右側)
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